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研究概要

無機材料の大多数は、構成原子が周期的に配列した結晶です。実在の結晶には、原子配列の局所的な乱れである結晶格子欠陥が含まれます。格子欠陥は、原子スケールの点欠陥 (原子空孔および格子間原子)、同種の点欠陥同士が集合した点欠陥集合体、および線状欠陥である転位、等に分類されます。格子欠陥は、そのスケールが原子~ナノ~ミクロの微小なものです。しかし格子欠陥は、高エネルギー粒子照射、塑性変形、結晶成長、蒸着、および水素チャージ等の様々な過程で材料中に多量に導入され、しばしば材料のマクロな性質を支配する重要因子となります。たとえば転位は、金属の塑性変形の過程で導入・増殖され塑性変形のキャリアーとなって、金属のマクロな機械的性質を支配します。また、発光素子用半導体の結晶成長過程で導入される転位は、素子の発光特性を支配します。

したがって、格子欠陥がそのマクロな物性変化の支配因子となり得る材料 (例えば、原子炉・核融合炉材料、火力発電用ボイラー材料、高圧水素貯蔵タンク材料、LSI 通電細線、および発光素子用半導体といったエネルギー関連無機材料、さらには橋梁材料などの一般構造材料) を制御・新規開発するためには、格子欠陥の構造と挙動および格子欠陥同士の相互作用に関する正確な知見が必要です。しかし、比較的単純な材料である純金属においてさえ、格子欠陥の構造と挙動には未解明の重要な問題が多く残されています。たとえば、鉄における点欠陥や転位の挙動ですら、解明されたとは言えない状況にあります。

我々は、格子欠陥の構造と挙動を調べるための手法として、透過型電子顕微鏡法 (TEM) を主に用いています。TEMは、格子欠陥のような固体内局所構造を原子~ナノスケールの空間分解能で実空間観測するための極めて有効な手法です。たとえば我々は、金属・半導体における個々のナノスケールの転位の挙動を直接観測することによって、それらに関する新たな基礎的知見を世界に先駆けて獲得してきました (K. Arakawa et al.: Nature Materials (2020), K. Arakawa et al.: Science (2007), K. Arakawa et al.: Physical Review Letters (2006) 等)。また、最先端の高分解能TEM を以ってしても直接追跡することが不可能な原子スケールの点欠陥の高速挙動をTEMと計算機シミュレーションを併用することによって抽出することにも成功しつつあります (T. Amino, K. Arakawa et al.: Scientific Reports (2016) 等)。

本研究室では、そのようなTEM による格子欠陥に関する研究を推し進め、① 格子欠陥が導入される系における格子欠陥蓄積過程およびそれに伴う物性変化を予測するための基盤の構築、および ② そのような基礎的知見に基づいた格子欠陥挙動の制御による高機能材料の新規開発、を目指して研究をおこなっています。

現在進めている個別の研究テーマの例として、(1) サブナノスケール欠陥の構造と挙動のTEM 直接観察による解明、(2) 原子スケール点欠陥の構造と挙動の抽出、(3) イオン (中性子) 照射による初期損傷構造の解明、(4) 水素誘起超多量空孔クラスターの構造と挙動の解明、(5) 鉄鋼材料の新たな強化機構の創出、(6) 特異な点欠陥挙動を有する合金の創成、(7) 航空機ジェットエンジン用超耐熱合金の高温変形機構、(8) アモルファス合金の変形機構 が挙げられます。

これらの研究を遂行するために、各種の TEM (島根大学 低エネルギーイオン加速器結合型 TEM、大阪大学 超高圧電子顕微鏡、名古屋大学 超高圧電子顕微鏡、および仏 Orsay高エネルギーイオン加速器結合型 TEM 等) および TEM 特殊試料ホルダー、さらに計算機シミュレーションを駆使しています。